「使えねぇ」・・・?
投稿日:2022.02.16
転職前日に上司から「使えねぇ」と言われ「あなたが使いこなせなかっただけですよ」と言い放って退職したという話をSNSで見かけましたが、私たち大人も子どもに同じようなことをしているかもしれません。
特に幼児に関しては、自分で何もできない存在だからと、これは「先生」と呼ばれる職業病かもしれませんが、自信もプライドも高い場合は「この私が何とかしなければ!」という熱い闘志が勝ちすぎてしまい、その子の「今」の現実や「今」の思い、心の声に寄り添えていないことがあるかもしれません。
出来心ならぬ親心で、その子のためを思って大人が設定した「ハコ」に押し込むことだけを「善」としてしまっていないだろうか。子どもは、本来ちゃんとしたい、と思って生きているのですが、うまくいかない時もあるのです。
今は、ダメだけど、もう少し待ってくれたら、できるかもしれない。そんな思いがあっても、言葉で上手に伝えることができないのが幼児期です。
それにもかかわらず「使えなねぇ」とは言わないまでも、「なんでこの子はこんなに手がかかる困った子なのだろう」とか真面目な方は「私のやり方のどこが悪いのだろう」と思うかもしれません。
考え方や判断の軸が自分にあるか、軸が相手にあるか、ではないでしょうか。ひどい場合は、「この子は私に合わない」となれば先の「使えねぇ」という上司と同じㇾベルです。
「この子なら大丈夫、今できないだけだよね」と、相手の軸に合わせて「待てるか」、大人(自分)が決めた軸にハマることを「待てないか」の違いかもしれません。
たいていの子どもは、瞬時にして大人の意図をスキャンできます。いわゆる「怒られたらヤバイ人」か「この人は自分を出しても大丈夫な人」か、それを見抜くスキルは。上手に世渡りしながら生きていく知恵の一つですが、こういうことが苦手な子どももいます。
「私に合わない?」「あなたが合わせらないだけでしょう」ということのないよう、とは言え何でもありでは困ります。「ダメなもことはダメ」であります。「放任」ではなく、責任の伴う「自由」を大切にしたいと思います。